前田隆弘さんの『死なれちゃったあとで』を読んでいる。前田さんという人は、突然の死に直面する機会が多い人だ。考えてみたら、私も何度かあったなと。

死という別れで一番ショックだったのは、学生時代の剣道部のS先輩だ。福山雅治に雰囲気が似ていて、爽やかで憬れていた。ある日部員の先輩後輩と何人かで、沼津の本屋さんに行った。そのときに、S先輩は当時流行っていた『完全自殺マニュアル』を購入していた。ノリみたいな感じだったんだと思う。先輩も笑っていたし、みんなも「その本買うの?」って感じだった。いつもの仲良し風景。

夏休みの合宿で、カラオケにみんなで歌っていたとき、写ルンです(使い捨てカメラ)を向けて「〇〇先輩!」って私が呼んだら、カメラ目線でにっこり笑ってくれた。良い写真だったけど、渡せたのか記憶がない。

新しい学年になったとき、先輩はある時期から顔を見せなくなった。そして、同じ部員の友達から、S先輩が自殺してしまったと聞いた。まだ23歳だった。私より3歳上だった。悲しいけど、それ以上のことを知ることはなかった。大人になってからも、時々あの頃のカメラ目線で笑った先輩の顔が蘇る。先輩は、大学からもほど近いビジネスホテルから飛び降りたのだと、コロナが始まるちょっと前に知った。割と最近のことだ。

先輩のいない世界をずっと見ている感じがある。23の倍じゃきかないぐらい、気づいたら年を重ねている私。別の絶望を知るのも、悪くない生き方だと知ってしまったよ。私は生き抜かないといけない理由ができたから、石にかじりついてでも長く生きて逃げ切りたい。

それからも、ちょっと知っている人、大人になって仲良くなった人が、突然亡くなってしまったこともあったのだ。『死なれちゃったあとで』を読んで、じわじわと記憶が蘇ってきた。

私は結局、誰のお葬式にも行く機会がなかった。訃報を知らされたときには、荼毘に付されていたり、遠方だったり、関係性の遠さ、薄さなどが理由で。だから、どの死にも、号泣して見送った、ということができていないのだ。

今日は母と電話で、祖母の法要について話をしていた。「17回忌、最後の法要になると思う。」と母は言っていた。私も参列する。

祖父は、母が中学生ぐらいのときに亡くなっていたので、私は会ったことがない。祖父は仕事ではエリート街道にうまくのれなくて、鬱屈がたまっていたようだ。家族を突然ぶん殴る人だったらしい。祖父の良い話を聞いたことがない。祖母は、そんな祖父でも負い目を感じていたところがあったようで、50回忌法要まで執り行ったという。

「亡くなってから50年も!?」と私が驚くと、「このあたりじゃ割と普通だよ」と母。そこまで思ってもらえて祖父も本望だろう。

祖父の遺影の隣には、いつも若い男性の遺影も並べてあった。「私の兄」って母は言っていたけれど、どうして亡くなったのかは聞いたことがなかった。誰も何も言わなかった。おととし、母と温泉に浸かっていたときに、暴君祖父の話になったところで、何気なく「あの写真の叔父さんは、どうして亡くなったの?」と聞いた。母が「自殺だったんだよね」とボソッと言うので驚いた。

今日もその話になった。「お兄さんは7歳上だったんだけど・・・、カッコいい人だった。」私は母が25歳のときに生まれたのだけど、幼い記憶ながら、母は女優のように美しい人だったので、想像がついた。「お兄さんは、優秀な高校(地元でトップの進学校)に進んだけど、うまくいかなくて中退して東京に行っちゃった。私は小学生だったけど、お兄さんは服飾の専門学校に通って、私にワンピースを作ってくれたのを覚えてる。でも、連絡がとれなくなってね。お母さん(祖母)が新聞で、熱海に身元不明の遺体があがったっていうのを見つけて。その遺体の衣服のポケットに、リップクリームが入っていた、っていうのでピンときたみたい。母親ってすごいよね。お兄さんはおしゃれな人だったから、そうに違いないって。それで両親が身元確認に行って、本人だと連れて帰ってきたけど、すでにお骨だった。行方不明になったのが12月で、2月に見つかった。19歳で、人生に絶望しちゃったんだろうね。うぶだったし。遺書もなかった。なんで、教えてくれなかったって?私も何も両親に聞けなかった、聞けるわけない。それから、家族にそういうことがあったって言うことがタブーになった。誰にも言えるわけがない。お葬式から2か月ぐらいあとに、高校の頃につきあっていた彼女が来てくれた。大学生になっていて、綺麗なお姉さんだったよ。」

ワンピース、リップクリーム、綺麗な元カノのお姉さん。叔父さんって、なんだか素敵な人だったんだなぁ。聞けて良かった。

綺麗なお姉さんは、もう80歳はゆうに過ぎているんだろうな、と思った。ご存命だといいな。会ったこともない叔父さんの人生の断片を、忘れたくないと思って書いてしまいました。

本に戻るけど、『死なれちゃったあとで』にメメント・モリという言葉が出てきた。

「自分がいつか必ず死ぬことを忘れるな」という意味のラテン語だそうで、著者は胸に刻みつけている言葉だと書いていた。

そして、前田さんの書く文章が、素直で裏がないぶん、やけに生々しい描写があったり、不謹慎にも笑ってしまいそうになったりもする。喪失の悲しみも深くて、胸が締めつけられる場面もある。生きることの延長線上に死があるんだなと、当たり前のことなのに、ブルッと震えたり怖くなったりもした。

それでも、こうして本を読みながら、記憶や想像の中で、23歳の先輩や、19歳の叔父さんや、47歳の友達に会えた。自分の番だっていつか来るし、誰にも平等に来る。

メメント・モリ。この瞬間を全力で生きよう。